Noh Jesuオフィシャルブログ(ノ・ジェス, 盧在洙)

このブログは、これまでの常識や秩序・幸せ成功の生き方モデルが崩壊した今、〝人間の認識の変化″から全く新しい未来VISIONへの道筋を提案していくブログです。

この時代になぜ認識技術・観術が必要なのか?を教育から語る

こんにちは。編集部の西勝です。

先日、経済産業省の若手職員が発表した資料「不安な個人、立ちすくむ国家~モデル無き時代をどう前向きに生き抜くか~」をみなさんはお読みになりましたか?

文中には、正社員になり定年まで勤め上げるという個人のライフスタイルのモデルと、それを支える社会モデルは既に風化し、次のモデルを模索している事が書かれていました。
さらには、“ここでの「教育」は今の学校教育そのものを意味しないはず。何を教育するか、どう教育するか(教師のあり方等)も含めて変わってくるのではないか”という文面もありました。

そんなモデルなき時代・新教育の重要性が叫ばれている時代、観術は未来技術である“認識技術”と未来産業である“認識産業”を世界に提案しています。本日は教育という観点から、この時代になぜ認識技術・観術が必要なのかをNohさんに語っていただきたいと思います。



2050年の教育

 

西勝
ではNohさん、よろしくお願いします。
早速ですが、Nohさんがイメージする未来の教育と、その教育が広がっている社会のイメージを教えていただけますか?

 

Noh
はい、よろしくお願いします。
2050年、世界の教育は別々ではなく新しい共通土台を通した一つの教育になっていますね。

未来から見れば、生きるとは何なのか、現実とは何なのか、人間とは何なのか、宇宙自然とは何なのか、未来の教育によって知性・感性・理性までもが一つの教育として融合されています。

また、国家・民族・宗教の観点を超えて、地球上のあらゆる哲学者・数学者・物理学者も納得する基軸教育によって統合されています。その基軸教育は、個人の判断や意思決定能力をシャープにし、情報知識の整理整頓に活かされ、チームプレーや集団の意思決定にも貢献できるものです。

 

教育の源、観察観測の中心道具の問題

 

西勝
今までにない全く新しい未来像ですね。
しかし今の教育では、個人の判断や意思決定能力もバラバラですし、価値観も多様化していてチームプレーに関する問題は山積みだと感じます。

 

Noh
そうですね。新しい教育が成り立つには、西洋の教育では限界です。

なぜなら、全ての判断の基準点が体感覚に固定しているからです。人間の教育の源は観察・観測を中心道具にして成り立っていますが、その主体である体人間自体に問題があるのです。

体感覚に固定された人間は、自然と目に見える、聞こえるといった体感覚からくるインプットをし、その情報を脳で編集したものをアウトプットしています。つまり、観察の中心道具が体感覚であるということは、存在中毒つまり有出発であるため、存在の秘密が分からないのです。

 

西勝
なるほど。現代の基軸教育は体感覚を持った“有出発”が大前提だから限界があり、新しい基軸教育に大きな開発領域があるという事ですね。
同様に、私達のライフスタイルの中心道具も体感覚であり、有出発を大前提として生活していますね。

 

体感覚から心感覚をベースにした教育を

 

Noh
はい。人間のライフスタイルは体感覚に固定された人間をベースにして、いかに体の機能を便利にして補うかが目的でした。
移動を便利にする車や飛行機、情報の取捨選択を行うスマートフォン、知識を補 うAIもそうですよね。

 

西勝
改めて言われると、すべてのライフスタイルのベースが体感覚を出発にしている事がよく分かります。

 

Noh
ですから、体感覚をベースにした生き方から、心感覚をベースにした生き方に変化する事によって、ライフスタイルが大きく変わりますよ。

 

西勝
もう少し詳しくイメージを聞かせていただけますか?

 

VRのメガネを外し、人間がすごすぎる事に気付く


この時代になぜ認識技術・観術が必要なのか?を教育から語る

Noh
では、例を出しながら話していきますね。

街の中に、西勝さんがVR(バーチャルリアリティー)のメガネをかけて一人で立っているとしましょう。
では、ゲームスタートです。

 

西勝
いきなりですね。ルールも何もかも全く分からないまま、唐突に始まっている感じですが…。

 

Noh
そうですね。
自分が何者なのか、何を知るべきか、何やるべきか、何を希望すべきかも分からない状態です。

誰が敵で、誰が味方なのか、敵や味方という概念があるのかないのかも分かりません。
生きていることが何なのか、死ぬことがどういうことなのか、生死があるのかないのかも分かりません。

そのような状態でゲームスタートです。


この時代になぜ認識技術・観術が必要なのか?を教育から語る

西勝
このゲーム、恐ろしいですね。でもやるしかない。
読者のみなさんも一緒に始めてみましょう。とりあえず周りを観察してみようと思います。

あ、男女が楽しそうにしています。それと子どもと大人が手を繋いでいます。
ニュースで国同士が戦争している報道もありますね。

 

Noh
人間はたった一人では何もできない状態です。
ボールペン一本すら作ることができませんからね。

ですから、味方を増やすために男性は女性を、女性は男性のパートナーを探し、自分の家族という集団を作ろうとするのです。
戦争の際も国家という集団を作りますし、物を生産する時も、企業という集団を作りますよね。

では西勝さん、この集団をより大きくしていくには、何を拡張させる必要がありますか?

 

西勝
人間が持っている共通点のようなものでしょうか?

例えば国の歴史ですとか、共通の理念ですとか。

 

Noh
ほぼ正解です。共通の土台を拡張させることですね。

今までの歴史は、体感覚の経験認識によって作られたものが共通の土台でした。
つまり、この体を満足させるために、車や飛行機などといった、体の外を開発していくことで文化・文明を発展させてきたのです。
しかし、それでは集団と集団の紛争が起きてしまいます。全ての人が同じ経験を共有することが不可能ですからね。

現代は、自分のお腹から生まれた子供でさえもお金をくれないと親を殺してしまうくらい、一人ひとりの判断基準・観点がバラバラの状態です。さらに、人間の10の24乗倍という驚異的なスピードで情報処理ができてしまうAIまでも登場していますよね。

 

西勝
確かに納得です。人類は今まで集団を作ってきたけれども、情報の氾濫によって、相手に対する個人の判断基準がますます厳しくなっている印象があります。
AIの登場もありますし、やはりこれは相当恐ろしく厳しいゲームですね。

Nohさん、一体どうすればこのゲームを楽しめるようになれるのでしょうか?

 

Noh
そのためには、個人一人ひとりがVRのメガネを外し、ゲームの外に出て、「このゲームは何なのか、なぜこのゲームが作られたのか」という、ゲーム全体の設計図を知ることが重要です。

認識技術は、このVRのメガネを外して、ゲームの外、言い換えれば観点の外、映画で言うスクリーンの外へ出ることができる技術ですよ。

 

西勝
このVRのメガネを外すことで、今までの共通の土台が体感覚の経験認識だったんだ、と知ることができるのですね。
なるほど、どうりで今まで本当の人生が始められなかったわけです。

では、VRのメガネを外してゲームの外に出たら、どのような変化が起きるのでしょうか?

 

Noh
ゲームの外、観点の外、スクリーンの外に出た時に、“こんな風にゲーム全体をセッティングできる、それが自分なんだ。”と、人間がすごすぎるという事に気付くことができます。

VRのメガネを通して見ていた体感覚の経験認識、つまりスクリーンの中から、メガネを外してスクリーンの外へ出ることができれば、ゲーム自体を楽しめる心感覚の概念認識という新しい感覚をつけられます。
本当の自分を分かるようになることで、心も満たされます。そんな人間性能2.0の人同士が集まり、人を増やし人間性能3.0に進化した完全な集団となります。

また概念認識は、時間も空間も存在もないワンパターンの動きだけがある所から客観的に観察できる認識ですから、たとえ空間や世代が離れていても摩擦や衝突が起きません。ですから、平和的な集団の広げ方が可能になります。

そのようにして、今までの教育の限界であった観察・観測の中心道具・共通の土台をバージョンアップさせ、個人や集団の意思決定におけるコストをなくし生産性を高めるようにさせるのが認識技術です。

 

新しい秩序をつくる教育技術・認識技術

 

西勝
詳しいイメージ、ありがとうございます。
人間性能や経験認識・概念認識のより詳しいイメージはこちらをご覧ください。

自分自身もこのVRのメガネを外してゲームの外に出た時、とてつもない大きなショックを受け、人間のイメージが大きく変わりました。
国家・民族・宗教の壁を越えることなど夢物語と思っていましたが、そうではない教育の道具がある事を理解し興奮したことを覚えています。

では最後に、認識技術に興味を持ち記事を読んでくださっている読者の方に向けてメッセージをお願いします。

 

Noh
今までの成功モデル・幸せモデルは役に立ちません。 ですから、今までの秩序の作り方と全く次元が違う秩序のつくり方が必要です。

今までの秩序は、“人間と人間の宇宙が実在している”ことが当然でした。この世界は、VRのメガネをかけているのと同様に、これはゲームであり、スクリーンであり、コンピュータシミュレーションであるということに気付くことです。

そしてVRのメガネを外してゲームの全体像・ルールを知り、その観点を生み出している、メタ観点“人間と人間の宇宙が実在しない”状態を取り入れられれば、心をスクリーンの外に置き、精神は映像スクリーンの中に入った状態で映画自体を楽しめるようになります。この技術が認識技術です。

今までの生き方は、体人間を自分だと思っていましたが、認識技術では体人間は自分のアバターにすぎないのです。ですからアバターを主人公にする映画を楽しんで観覧できるようになります。

そんな認識技術に、ぜひ興味を持ってセミナー等にご参加ください。

 

西勝
ありがとうございました。


*****************************************


いかがでしたか?
体を便利にしてきた教育技術である科学技術に対して、人間そのものを変化させる教育技術である認識技術が、これからの世の中に必要であるという事をお伝えさせていただきました。

観術を通した基軸教育により、個人の判断や意思決定能力がシャープになり、情報知識の整理整頓に活かされ、チームプレーや集団の意思決定にも貢献できます。
人間そのものが変わる基軸教育、観術に希望を持ってくだされば幸いです。

より詳しく観術について知りたい方は以下のURLも参考にしてくださいね。

●参考記事
毎日が面白くなる「観術」入門編 ~ここを押さえれば全てがうまく行く、ここを押さえなければ全てがうまくいかない~
多様な判断を“判断する”メタ知識 ~世界の根源と繋がってチャレンジしていく生き方~

●参考リンク
NR 1Dayセミナー認識セミナー
Industry5.0セミナー