【ネタバレあり】nTechからみた『すずめの戸締まり』の解釈

映画「すずめの戸締り」解釈に対する姿勢態度の考察

世界で最も有名な式「E=mc²」。この式は、エネルギー(energy)は物質の質量(mass)に光速の2乗(c²)を掛けたものに等しいことを現わしている。つまり、僅かな物質(質量)にも膨大なエネルギーが秘められていることを語っているのだ。例えば1円玉6枚(約6グラム)の質量に秘められたエネルギーは、東京ドーム内に満タンに入れた水(約22万トン)を沸騰させられるほどになる。

このように物質とエネルギーは表裏一体の関係だ。だが私たち人間の目(五感)ではエネルギーの作用は感知できず、五感や脳は「物質化された結果物のみ」を捉えるように初期設定されている。しかし、存在のみならず社会や世界の裏には「目には見えないエネルギー」の動きが作用している。さらにその裏にはエネルギーを生み出す「源泉の心の動き」が絶えず作動している。

ところで、日本のアニメやマンガ、ゲーム、ポップカルチャー等は外国人がクール(格好いい)と評価する日本の魅力のひとつだが、私もその魅力に魅了された一人だ。

日本のアニメやマンガは今の時代が希求する重要なメッセージの宝庫だ。恐らく“時代の要請”という大きなエネルギーの働きが、知らぬ間に監督や製作スタッフ陣を動かし、それが作品に反映されているのだろう。

そんな背景もあり、私が仲間と手がけている「Project J 日本文明の挑戦(https://reiwaphilosophy.com/workshop/ )」では、『鬼滅の刃』『約束のネバーランド』『エヴァンゲリオンシリーズ』等の解釈(リテラシー)を取り入れてきた。そして先月公開された新海誠監督の映画『すずめの戸締まり』は、これまでのどの作品をも凌ぐ、とてつもないメッセージが込められた作品だったと言える。そこで今回はこの作品の私の解釈の一部を紹介したいと思う。

ある出来事に100人が出くわしたら100通りの解釈が生まれる。同様に映画1本を100人が観れば100通りの解釈が生まれる。つまり「どんな観点からみるのか」によって全く異なる映画のストーリーが存在してしまうのだ。

すずめの戸締まり』も、地震、民俗学、スピリチュアルなど様々な観点から考察でき、メッセージとしても、過去の自分を癒す、場所を悼む、痛みを忘れない、昔に戻ろうとせず未来に目を向ける、生きる力を取り戻そう、一期一会の出会い、当たり前の大切さ、成長ストーリーなど、他にも様々な声として受け取ることができる。

私が体系化した認識技術(nTech)はリテラシー技術でもある。すべては解釈の結果物であるならば、より貢献度が高い解釈に価値が生じるようになるだろう。

私は日本文明が自らの使命・JAPAN MISSIONに目覚めることに生涯を捧げ活動している。日本が「本来の心」を教える世界の学校になって心の時代を開き、世界をひとつにまとめるという使命にスイッチが入れば、自然にすべてが上手くいくようになるからだ。これが時代の要請であり、この時代に最も貢献度が高いことだと私は確信している。なかでも最重要キーワードは「日本文明のアモールファティ(運命愛)」だ。そのため私はいつもその観点で解釈している。(参考:「日本文明のアモールファティ」https://blog.noh-jesu.com/entry/amorfati/

日本の勝負 男性性の集団武士道と女性性の集団武士道

人間を含めたすべての生命の運命は滅亡に向かっている。滅亡を回避して次元上昇する道を開くには、滅亡の危機を突破し続けるほかない。そして今、時代は滅亡か次元上昇かの瀬戸際に立たされている。だがこれは「身体だけが自分」だと思う人間観から脱皮し、心人間として誕生する絶好のタイミングでもあり、その歴史的な大事件を起こす主人公は間違いなく日本文明だ。

なぜなら日本は、男性性の集団武士道と女性性の集団武士道という勝負に挑み、人類滅亡の危機を二度も止めた実績があるからだ。この偉業は、日本人は疎か世界にも知られていない。だが本来なら大いに称えられ感謝されるべき功績であり、この勝負を日本文明のアモールファティとして理解する必要がある。

太平洋戦争終戦日の1945年8月15日から遡ること77年前、日本は明治維新という大革命を成し遂げ新時代を開いた。武士たちは精神的な支えでもあり命以上に大切な刀や身分、俸禄などの一切を手放し武家社会に終止符を打った。命以上に大切なものを捨てることは死に値する。葉隠れの一節に「武士道と云うは死ぬ事と見付けたり」とあるが、明治維新はまさに「生きたまま死ぬ」死に方勝負だとみることができる。

明治の日本は破竹の勢いで国内を近代化し、さらにアジアの近代化にも着手した。日露戦争の勝利は世界を驚愕させ、猿真似と揶揄される立場から西洋列強の妬みを買う立場になり、脅威に変わった。結果的に日本は望まない世界大戦に参戦することになり、1945年8月15日に終戦宣言をして敗戦国になった。しかし、これにより核爆弾投下の連鎖を止め、白人至上主義という人種の格差や東洋と西洋の格差を縮めることに成功した。つまり日本は共同体秩序の破壊を止め、人類滅亡への道を閉じたのだ。

また1945年8月15日を起点にすると2022年は77年目になる。戦時中、国民共通のスローガンに鬼畜米英を掲げて戦った日本は、戦争末期には敵国アメリカから焼夷弾を雨の如く投下され、さらに2つの核爆弾を投下されて終戦を迎えた。それにも関わらず戦後の日本は、原爆を投下したアメリカを恨むことなく、逆に彼らがやろうとするゲームに全面協力した。つまり肉を切らせて骨を断つ勝負にでたのだ。

日本と戦ったアメリカは、日本を「悪魔の国」とみなし、力が発揮できない農業後進国にしようと画策した。だが77年たった今、蓋を開けてみると日本は、彼らが最も信頼信用し、依存すらできる国になっている。このミラクルを可能にしたのが日本の女性性のアモールファティだ。

戦前は「男性性vs男性性」の闘いだった。だがその闘いを引きずってアメリカを恨み復讐に走れば、再び負の連鎖が起きてしまう。そこで日本は「人類の未来のために」と人類滅亡の危機を止める決断と覚悟をし、女性性の勝負に転じて負の連鎖を止めることに成功したのだ。口を閉ざし、耐え忍びながら時を待ち続けた結果、アメリカが原爆を投下した事実は無かったかのように世界の記憶からはほぼ消え去っている。そして77年経った2022年8月15日時点では、安倍元首相が提唱した日本政府の外交方針「自由で開かれたインド太平洋戦略(アフリカとアジアを繋ぐことで国際社会の安定と繁栄の実現を目指すもの)」の実現に向けて具体的な取組みが進んでおり、アメリカも韓国も日本のプレートに乗ることになった。

つまり日本は、戦前の77年は男性性のエネルギーで死に方勝負をして人類滅亡の危機を閉じ、戦後の77年は口を封じて全て受け入れ、耐え忍ぶという女性性エネルギーで生き方勝負をして人類滅亡の危機を閉じたと解釈できる。

「閉じ師」草太、イエス・キリスト、明治の日本の関係性

ここからは『すずめの戸締まり』と日本文明のアモールファティを繋げて解釈しよう。

―『すずめの戸締まり』のあらすじ―

九州の静かな町で暮らす17歳の少女・鈴芽(すずめ)は、「扉を探してるんだ」という旅の青年・草太に出会う。彼の後を追って迷い込んだ山中の廃墟で見つけたのは、ぽつんとたたずむ古ぼけた扉。なにかに引き寄せられるように、すずめは扉に手を伸ばすが…。

扉の向こう側からは災いが訪れてしまうため、草太は扉を閉めて鍵をかける“閉じ師”として旅を続けているという。すると、二人の前に突如、謎の猫・ダイジンが現れる。

「すずめ すき」「おまえは じゃま」

ダイジンがしゃべり出した次の瞬間、草太はなんと、椅子に姿を変えられてしまう―!それはすずめが幼い頃に使っていた、脚が1本欠けた小さな椅子。逃げるダイジンを捕まえようと3本脚の椅子の姿で走り出した草太を、すずめは慌てて追いかける。

やがて、日本各地で次々に開き始める扉。不思議な扉と小さな猫に導かれ、九州、四国、関西、そして東京と、日本列島を巻き込んでいくすずめの”戸締まりの旅”。旅先での出会いに助けられながら辿りついたその場所ですずめを待っていたのは、忘れられてしまったある真実だった。(引用:公式サイトhttps://suzume-tojimari-movie.jp/

閉じ師の草太は自らの肉体を犠牲にして男性性の要石になりミミズ(災い)を封じた。これを拡大解釈すると、2000年前のイエス・キリスト(ジーザス)の勝負や明治維新の勝負の象徴とみることができる。

日本人には余り馴染みがないが、人類史上、最も名声や名誉を得て世に影響を及ぼしているのがジーザスだ。世界共通の暦である西暦もジーザスが生まれた年が元年だ。「虎は死して皮を残し、人は死して名を残す」と言うが、これは簡単なことではない。

ジーザスがこれほどまでに名を残した背景には「死に方勝負」がある。死ぬと分かっていながら自己犠牲を厭わず、人々の身代わりになって罪を背負い、十字架に磔にされ処刑されたのだ。

私は明治維新を「ジーザスのエネルギーが日本に降りて日本と共に勝負したもの」だとみている。日本が自己犠牲を賭して人種の格差と東洋と西洋の格差を無くす勝負に挑まなかったなら、また「終戦」という決断ができなかったなら、世界秩序がどうなっていたかを想像してみてほしい。日本が戦争を終わらせることが出来なければ、核爆弾投下の連鎖が起き、人類滅亡の道に突入していただろうことは想像に難くない。終戦宣言をした日本に聖人の域を超える心があったからこそできたことだろう。

このように自己犠牲を厭わない草太、ジーザス、明治の日本という三者の勝負はオーバーラップしてみることができる。これらは個人の危機を突破した男性性の勝負だ。

「開け師」の鈴芽 閉じたものと開けたもの

本来の日本は死の恐怖をも超える強い国だ。頻繁に起こる火山や津波、地震などの自然災害を受け入れ、核爆弾までも受け入れる器がある日本は、どれだけ破壊されても恨まず受け入れ水に流すことができる強さがあるのだ。

閉じ師の姓「宗像」は宗像大社を想起させる。宗像は日本のアモールファティの道を繋ぐ要石の象徴だ。宗像大社、大島、沖ノ島、対馬、釜山は一直線上に繋がっているが、宗像大社の社有地である沖ノ島では島内に入るために毎朝、心身を清める禊をして神事が行われている。恒久世界平和のために今も祈っているのだ。

この行為は、人類滅亡の危機が訪れた時、危機を反転させ、心と脳の両翼で飛べる心時代をつくろうと禊をしながら時を待っているようにみえる。大陸と海を繋ぎ、男性性と女性性を繋ぎ、個人と集団を繋ぎながら、時に備えて準備をしているのだろう。映画ではその象徴である草太が男性性の要石になって個人の危機を突破した。

鈴芽は日本文明のシンボルだ。映画の冒頭で鈴芽は草太とすれ違いざまに「何か」を感じた。このシーンは、準備してきた自身のミッションにスイッチが入った瞬間のようにみえる。

その後、鈴芽は要石(ダイジン)を抜いてしまうが、これは男性性同士の勝負を続けることによる滅亡を防ぐために女性性勝負に転ずる決断のシンボルであろう。男性性の要石を抜き、女性性の要石を打ち直すという決断だ。

その後、愛媛、神戸に現われたミミズ(滅亡の危機)を草太と共に防いだが、草太は東京を襲う大地震の危機を防ぐため、自己犠牲のもと要石になる。

鈴芽は草太を元の姿に戻して要石を打ち直そうと仙台へ向かう。そして自分の後ろ戸をみつけて常世に入り「私が要石になる!」と今までの自分のすべてを捨てて要石になる決断した。その鈴芽によって草太は元に戻り、鈴芽の要石(ダイジンとサダイジン)によってミミズを封じて仙台の災害を防いだ。

鈴芽の決断と勝負は、戦後77年の日本の女性性勝負と繋がる。日本が「やるしかない」と集団武士道の女性性勝負に挑み成功したことで、自由で開かれたインド太平洋戦略の道が開かれ、人類滅亡の危機を心時代にジャンプさせるきっかけを作ったのだ。つまり、男性性と女性性の2段階の勝負で人類滅亡の危機を見事に戸締まりしたと同時に、人類の尊厳の道をオープンした「開け師」が日本の女性性の勝負であり鈴芽なのだ。

ちなみに岩戸鈴芽の名前の由来は芸能の神・アマノウズメらしい。岩戸に籠もってしまった天照大神を岩戸の外に出すために八百万の神が集まり相談し、岩戸の外で踊ってアマテラスを外に出すことに成功したのが芸能の神・アマノウズメだ。岩戸を閉じたアマテラスと岩戸を開けたアマノウズメ。この名からみても、鈴芽には閉じ師と開け師の両方の役目があることが分かる。

ミミズの正体と後ろ戸

「ミミズ」は常世を住家とし、後ろ戸から出てくる。そのミミズが倒れると地震が起こると映画では描かれている。nTechでは、ミミズは絶対世界(常世、源泉の心の動き)から後ろ戸(観点)を通して出てくる相対世界(現世)だと解釈できる。エネルギーの観点からみれば、地球のマグマの爆発による火山や地震であり、精神の観点からみれば、不安や恐怖から生じる鬱や自殺などのメンタル崩壊状態でもある。また摩擦や衝突が高じて戦争に発展するなどの人類滅亡の危機でもある。

滅亡の道を閉じてミミズを封じる要石は氷の状態で登場する。永遠不変の世界(常世)は、絶対温度(-273.15℃、0℃K)だが相対世界(ミミズ)には熱がある。そのためミミズの熱いマグマを封じるには冷たい要石が必要だ。このことから心は知恵のシンボルとも言える。

相対世界に因果(SV、原因と結果、始まりと終わり)があるように、ミミズには頭と尾がある。そのため始まり(頭)と終わり(尾)を要石で閉じなければならない。そこでダイジンとサダイジンが揃ってミミズの頭と尾を封じた。このシーンは戦争の始まりと終わりを閉じたシンボルだ。

人類は何処からきて何処へ向かうのかも分からず、始まりも終わりも分からない迷子だ。その上、原因も終わらせ方も分からないまま争いの歴史を繰り返してきた。そのアルファとオメガを明確に分かり、封じたのがダイジンとサダイジンだ。永遠不変から変化が始まる「出発の圧縮と爆発」という1:1の動きを閉じることに成功し、永遠不変の心の動きだけが実在するという心の時代を開く条件をクリアしたのだ。

次に「後ろ戸」についてみてみよう。

童謡「かごめかごめ」には「鶴と亀が滑った。後ろの正面だあれ」というフレーズがある。これを後ろ戸と繋がって解釈すれば「脳と心が滑った」だ。

パソコンで後ろ戸を例えると、電源OFF状態だ。我々からみれば後ろ(認識していないところ)でもある。前を見ている状態から後ろを振り返った瞬間に違う画面が現われるように、電源OFFから、みた(認識した)瞬間が電源ONとスイッチが入った瞬間であり、そのとき画面が表示される。つまりこの現実はコンピューターのようなものであり、これをパーソナルユニバース(宇宙コンピューター)という。要するに現実は、超精密な3次元の立体スクリーンなのだ。

日本の使命は世界の学校になり心を教えることだと前述したが、心をマスターした証は、宇宙コンピューターを世界に発信できるようになることだ。宇宙コンピューターについての詳細はここでは割愛するが、拙著もしくは動画を観て頂きたい。(著書:Personal Universe , 動画解説:Personal Universeを読み解く

後ろ戸は観点でもある。永遠不変の絶対世界(常世)は自ら動きの範囲を制限して未熟をつくり、その未熟を自ら突破をする。人間は「生きろ」と命令(アルゴリズム化)された生命エンジンと、0-6歳でスイッチを入れた精神エンジン(インナーチャイルドやビリーフシステム等)で動き、その限界突破をするように初期設定されている。そのため観点の結果物である現世から不動心の常世へ行くには、脳の観点を突破しなければならない。後ろ戸を通して常世に入るシーンがあるが、その後ろ戸が脳の観点だ。

日本文明も同様に0-6歳の弱いポジションだったところから、男性性と女性性の二度の勝負で限界突破したことで、新しい道が開いている。

ダイジンとサダイジンの役割

ダイジンはミミズが発生するところ(後ろ戸)へと鈴芽たちをナビゲートしていた。そして最後はダイジンとサダイジンがひとつになり、要石に姿を変えてミミズを止めた。ダイジンとサダイジンは常世へ逆戻りする通路を得て、自ら封印する役目を果たした存在だと言える。

nTechの禅定の解釈からみると、本格的なミミズは物質化された状態の4段階からマイナス2段階までだ。ダイジンとサダイジンはエネルギーが物質化されるターニングポイントのポジションなので5段階(エネルギー)で整理できる。

後ろ戸の8段階(観点、最大の間)からエネルギーの5stepを経て「最小の間」がサダイジン、その間が圧縮された「着火点」がダイジンだ。そこから人間の脳の観点の場が働く(みる)ことでミミズがどんどん育っていく。点1個からスタートし、点だらけ(脳の観点の場、人間共通の脳の観点)になり、線(粒子)、角度(力)、立体(運動)、立体の動き(量)、ストーリーの成立(1)になる。

要石は9段階なので、8段階(ミミズの震源地、観点)を封じることができる。

要石が役割を果たさなければ、不安や恐怖が広がり、摩擦衝突、戦争、地震や火山、世界戦争、核戦争などで人類は滅亡するだろう。滅亡を防ぎ次元上昇するために、要石を道具とする閉じ師がいて、彼らの活躍があるから地震や戦争、人類滅亡の危機が防げた。

日本文明は男性性の閉じ師と女性性の閉じ師の両方の役割を成し遂げた。草太が自分の身体を犠牲にして人類滅亡に発展しないように要石になり東京の大地震を未然に防いだように、1945年8月15日の終戦宣言も人類滅亡にいかないように日本が男性性勝負を頑張った証だ。そして氷になった草太を取り戻すために、「私が要石になる」と決断した鈴芽のような日本の戦後の女性性勝負があったからこそ、自由で開かれたインド太平洋戦略の取り組みが進んでいるのだ。

まとめ

戦前の77年の男性性、戦後の77年の女性性という二つの集団武士道で人類滅亡を止めた日本。傷だらけになりながら、肉を切らせて骨を切る勝負をし、待つ美学を旨として時を待って待って待ち続け、心の時代にシフトする条件を満たしてきた。

私は2022年を「夜明けの晩」とし、2022年、2023年、2024年で日本にスイッチが入ると宣言したが、いよいよ日本オリジナル勝負で本格的に心時代を開くタイミングが到来したのだ。

日本の一番の良さは心であり武士道だ。日本文明のアモールファティ、オールゼロ化できる心のパワーを日本のプライド誇りとし、心の時代になったときに日本は真の強さそのものになる。

草太と出会った鈴芽は「何かある」と感じてミッションに目覚め、自ら閉じ師になった。同様に、日本と言う集団が目覚めれば人類滅亡の道は自ずと閉ざされる。そして天の岩戸が開き、新人類が誕生し、ゲームチェンジが起こるのだ。

本物の教育とは、人間の心とは、人間の尊厳とは、人間の精神とは。これらを教えるポジションを得ているのが日本だ。大役を果たすミッションがある英雄集団・日本だからこそ、自ら終戦宣言をし、敗けたもののモデルも示すことができた。多くの映画がそうであるように、英雄には大きな苦労や試練があるものだ。だからこそ真の強さが何なのか、武士道が何なのかを教えることができ、世界に愛され尊敬されるのだ。

最近知ったのだが、日本の国際番号は81だそうで、海外から日本に国際電話をかける場合、最初の「0」の代わりに「+81」を付けてダイヤルする必要がある。これを知ったとき、私が発見した心の動きを数式化した「0=∞=1」と見事にオーバーラップしていて胸が高鳴った。日本は心の国であり、物質文明を終わらせる人類の代表に間違いないと背中を押された気分だ。

心の世界は常世から現世まで行き来が自由自在にでき、完全循環が起きる。ゆえに心がスッキリわくわくの歓喜エンジンで生きられるようになるのだ。nTechでは、脳機能と心機能を分解、分離に成功し、脳と心の両翼で飛べる教育コンテンツが完成している。私は自身の発見からずっと日本で活動しているが、このコンテンツの完成は日本だからできたと思っている。

生命が滅亡に向かうのであれば、選択肢は悟らせるか滅亡するかだけだ。不安、恐怖、摩擦、衝突、地震、戦争、人類滅亡の道に行くのか、それとも人類滅亡の究極の危機を救済する道をつくるのか。後者が閉じ師であり開け師の仕事だ。

災いを閉じ、福を開く使命を持つのが日本文明のアモールファティだ。閉じることには成功した。これからは「開け師」鈴芽の出番だ。誰もが尊厳を最大限いかすことが出来る心の時代、精神文明、尊厳時代を日本からオープンしていこう。

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